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楠木 誠一郎 の記事一覧

楠木 誠一郎

作家

くすのき・せいいちろう●1960年、福岡県生まれ。日本大学法学部卒業後、歴史雑誌編集者を経て作家となる。近著に『秋山好古と秋山真之』(PHP研究所)、『幕末ミステリー坂本龍馬74の謎』(成美文庫)など。

部課長の基本 2009年 11月 21日

「秋山好古」戦場で酒を飲みふて寝する真意

好古には「どんなことがあっても部下たちの士気を下げさせるわけにはいかない」という信念があった。

部課長の基本 2009年 10月 3日

なぜ家康は元気なうちに将軍を退いたか

なぜ家康は存命であるにもかかわらず息子秀忠に将軍位をゆずって、駿府に移ったのか。

部課長の基本 2009年 9月 26日

家康は「成長した秀頼」がゆるせなかった

なぜ、豊臣家は滅んでしまったのか。ここで問うのは外的要因ではない。あくまでも内的要因だ。

部課長の基本 2009年 9月 19日

「本能寺」がなければ織田家の天下は続いたか

本能寺の変―あまりにも有名な、この事件の陰に隠された、もうひとつの死があった。

部課長の基本 2009年 9月 12日

「北条氏政」策におぼれた「関東三国志」の最期

己の領国を守るプライドも大事だが、意固地になりすぎると、その領国をも失うことになる。

部課長の基本 2009年 9月 5日

「後継選びは難しい」武田信玄の唯一の過ち

「わしが死んだのちは謙信にかなう者はいない。だが天下を取るのは信長だ。ふたりの運が尽きるのを待て」

部課長の基本 2009年 8月 29日

もし謙信が景勝だったら関ヶ原はどうなったか

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に限らず、戦国武将の2代目は影が薄い。

部課長の基本 2009年 7月 11日

上杉家を最期まで支えた「直江兼続の義」

上杉景勝の「ナンバー2」として知られる直江兼続の名を知らしめたものだ。「直江状」とは、いかなるものなのか。

部課長の基本 2009年 7月 4日

「戦国一の武芸者」本多忠勝が不遇だった理由

「三傑」のうち、本多忠勝と榊原康政は同い歳で、家康より6歳若く、井伊直政だけが家康より19歳も若かった。

部課長の基本 2009年 6月 27日

太原雪斎「二人羽織」で今川義元を支えた軍僧

桶狭間の戦いを抜きをして見れば、今川義元は北条、武田、織田と対等かそれ以上に渡り合っていた立派な武将だった。

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