街風 隆雄 の記事一覧
街風 隆雄
経済ジャーナリスト
つむじ・たかお●1947年生まれ。71年慶応義塾大学経済学部を卒業後、朝日新聞社に入社。経済部記者として産業キャップ、金融キャップ、経済部次長、静岡支局長、本社編集委員などを歴任。2007年独立。著書に『私の源流―トップ経営者からのメッセージ』(朝日新聞社)などがある。
永守重信:母の教えに「鍬を持ち夢を見る」
経営者たちの40代:日本電産社長[1]
会社説明会を開いてみた。30人くらいは来るだろうと椅子を30脚並べて待ったが、1人も来ない。
伊東信一郎:アジアで一番へ「和光同塵」
経営者たちの40代:全日本空輸社長[2]
本当は、やってできないことなど、ほとんどないのだ。強固なセクショナリズムが、それを阻害する。
伊東信一郎:故郷が育んだ穏やかさと「誠実」
経営者たちの40代:全日本空輸社長[1]
「宮崎県人は、みんな、のんびりしている」ときにチョンボをしても、挫折感など生まれない。のんびり屋の気質が、助けてくれた。
近藤史朗:部下を追い込んだ「全力傾注」
経営者たちの40代:リコー社長[1]
「近藤さんには、設計屋らしい技術へのこだわりが、あまりない。新製品の構想段階から『どう売って、どう儲けるか』を考えていた」
芦田昭充:反面教師が促した「やってみせ」精神
経営者たちの40代:商船三井社長[1]
「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」
前田新造:「部分最適」を「全体最適」に変えた哲学
経営者たちの40代:資生堂社長[2]
42歳のときに、大きな挫折を経験した。自ら立案した独立ブランドの化粧品が売れず、左遷された。
前田新造:「辞めるなよ」と先手を打った上司
経営者たちの40代:資生堂社長[1]
42歳のときに、大きな挫折を経験した。自ら立案した独立ブランドの化粧品が売れず、左遷された。
野副州旦:胸にともる「お客の近くに」の灯
経営者たちの40代:富士通社長[2]
どんなに厳しい仕事でも、楽しみながらやりたい。「頑張る」などという無理やりやるような言葉は、嫌いだ。
武田薬品、富士通、資生堂……。経営者の知られざる素顔を描く。
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