
悪い信号を逃さない「静かな聞き取り」―キリンビール会長 荒蒔康一郎
直伝!「仕込む、さばく」テクニック【1】
社長就任直後は、何よりもまず社員との直接対話を心がけた。
岡村繁雄=構成 小林 靖=撮影
お客様とは? 皆で考えようと
キリンはアサヒに追い上げられて、ついついその場凌ぎの施策を繰り返した。お客様から見れば、キリンビールという会社の魅力や信頼が揺らぎ、キリンブランドの輝きがなくなっていたに違いない。そこで「お客様本位」「品質本位」の原点に立ち返り、もう一度キリンのDNAを徹底するために、「新キリン宣言」を全社員に手渡し、お客様の声を吸い上げる取り組みを始めた。
周囲からは「もう白旗を掲げたのか」という批判の声もあった。また「お客様って誰だ?」「お客様本位とはどういう行動なんだ?」といろいろな質問も出た。では、皆で考えようと議論を重ねた。それは日々の行動を見つめ直すこと。大事なのはお客様の信頼である。お客様の信頼を取り戻して、期待に応える商品をつくろうと全社員のベクトルを合わせる必要があった。次第に、「品質から見たらどっちなんだ?」「お客様だったらどっちを選ぶ?」と、「お客様本位」「品質本位」をベースに議論されるようになってきた。
情報の入手、伝達には仕組みも必要だ。例えば、お客様センターに寄せられる相談がある。そのうち8割が問い合わせで、2割がお客様からのご指摘だ。「せっかくいただいたものだから、1カ月まとめてではなく、毎日流せ」と指示した。最初は経営職(管理職)だけだったが、いまは全社員に開放し、今日のご指摘は翌日には、全社員が確認できるようにした。
私も毎日、徹底的にチェックして、重要な情報に関しては、すぐに現場にフィードバックして、「これは重要。誰々が担当し、きちんと対処しなさい」といったアドバイスをしている。
営業の情報共有システム「キリノロジー」には、各地の営業日報が飛び込んでくる。現場の販促などの成功例もIT技術が進歩したことによって“現場の知恵”が写真付きで送れる。
これまでは九州での成功例は、北海道にとってはよそでの出来事でしかなかった。ところが、現場の意識が変わってくると、疑問や質問をメールでやりとりすることで、成功のポイントを抽出し、自分の仕事に生かすことで成功体験の伝承が可能になってきた。
こうした情報は、かつてもデータとして本社に上がってきていた。大事なのはそれを続けるということ。経営トップ自ら率先して情報をチェックし、意見を述べることで、社員への浸透度を高めていくことができる。
そこで共有化できた情報を、どういう形で発信していくか――。例えば、新ジャンルで爆発的にヒットした「のどごし〈生〉」の場合、先行していたサッポロビールの商品の売れ方から、市場性はあると判断した。そこで、05年4月に発売するにあたっては定番商品にすることを狙った。そのため、注文が殺到したときに品切れを起こさない生産体制の構築が自然発生的になされた。これは文字どおり、「お客様本位」「品質本位」の考えに立った商品化だった。
私が採った原点回帰という社員の意識改革や、会社の風土改革というやり方は、ドラスチックな機構改革に比べれば即効性はない。仮に社員の意識改革ができたとしても、すぐにヒット商品につながるものでもない。
社長は最低3年か4年は務めなければならない。その在任中に「新キリン宣言」の考えが、日々の行動になって出てくれば、次にバトンタッチしても大丈夫だという気持ちはあった。幸い、「のどごし〈生〉」のヒットで、私の採ってきた戦略は間違っていなかったことが証明された。会社に活気が出て、元気な社員が増えてきているのは本当に心強い。
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