キーパーソン図鑑
2008年 11月 15日

【2】 追跡!「リベンジ」あのカリスマ経営者は、いま

ベンチャー企業創始者3人の復活劇

自ら招いた経営不振がそもそもの原因ではあるが、カリスマといわれた創業者がこれほど軽く扱われるのは異例のことだ。

現在の三澤は、従来のプレハブとは対極にある“200年住宅”「HABITA」を擁し、住宅業界に再び打って出ようとしている。柱と梁を太くし、十分に乾燥させた地場の国産材を使って、日本の平均的な住宅の5倍の耐久性を実現しようという野心的な試みだ。

ミサワホームの木質パネル接着工法は、三澤自身が天井裏の梁が邪魔だと感じたことから発想した。三澤はいま、それとはまったく逆の重厚な住宅づくりで、業界に一矢報いようとしているのだ。

「建築家はだいたい70歳を過ぎてから代表作をつくるんです。丹下健三さんの設計した東京都庁を見てください。だから僕も、これからいい作品をつくります。これまでのことは『ごめんなさい』というしかないですね」

飄々という。ミサワホームを離れた直後、個人資産から7億5000万円の資本金を捻出してミサワ・インターナショナルを起業した。すでに販売・施工の協力会社が20社ほど集まり、今年から販売を開始している。なかには「三澤さんがまた事業をやるなら」と意気に感じて名乗りを上げた業者もいる。商談の場では、自然、昔話に花が咲く。

「若いころの僕に、灰皿をぶつけられたっていう人もいましたね。お客さんに湯のみを投げつけた、という話も聞かされました。しかもそのお客さんは家を建てさせてくれたというんです。でも僕には、まったく覚えがないんですよ(笑)」

無我夢中でミサワホームを伸ばしていたころのエピソードである。ミサワ・インターナショナルの実質的な営業初年度である昨年は1億円の利益を確保した。今年はそれを6億円に増やし、さらに来年は24億円に持っていく計画だ。

「市場はどこでもいい。上場を目指しています。そして最終的には、住宅最大手になりたいですね」

長命の両親にあやかり「僕も100歳まで生きますよ」と笑う。それまで30年。雪国・新潟生まれの粘り強さで、どこまでその夢を実現できるだろうか。

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プロフィール

面澤 淳市

めんざわ・じゅんいち●1964年、茨城県生まれ。水戸第一高校、法政大学法学部卒。雑誌「財界」などを経てプレジデント編集部へ。著書に『東芝』『ソニー「プレステ2」のマルチ情報革命』など。

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