
【2】 追跡!「リベンジ」あのカリスマ経営者は、いま
ベンチャー企業創始者3人の復活劇
自ら招いた経営不振がそもそもの原因ではあるが、カリスマといわれた創業者がこれほど軽く扱われるのは異例のことだ。
プレジデント編集部 面澤淳市=文 芥川 仁、芳地博之=撮影
林や三澤とは肌合いがまるで違うが、彼らと同じようにかつては「カリスマ経営者」と呼ばれたのが、アスキー創業メンバーで草創期の米マイクロソフト(MS)副社長も務めた西和彦である。
しかし西は「カリスマ」「天才」という輝かしいイメージを持つものの、経営者としての評価は決して高くない。まだ52歳だが、世間では「過去の経営者」と見られている。
たとえばMSでは、飛躍のきっかけになったMS-DOSの開発など多くの業績を積み上げたものの、創業者ビル・ゲイツと対立し袂を分かつ。その後はアスキーの副社長や社長に専念するが、やがて多角化の失敗による大赤字の責任を問われ、結局は辞任を余儀なくされた。98年4月のことである。
「西君の閃きはすごい。だが、経営はうまくない」
西の後見役を任じていたCSK創業者の大川功(故人)はこう語ったという。西にとっては不本意な社長退陣だった。
その後の西は、情報学の博士号を取り、私大教授のほかさまざまな場で後進の指導や研究に当たるようになる。いまは10年を目途に開学を目指している「秋葉大学」の設立準備を進めている。
面澤 淳市
めんざわ・じゅんいち●1964年、茨城県生まれ。水戸第一高校、法政大学法学部卒。雑誌「財界」などを経てプレジデント編集部へ。著書に『東芝』『ソニー「プレステ2」のマルチ情報革命』など。
武田薬品、富士通、資生堂……。経営者の知られざる素顔を描く。
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