【特別編I】和田アキ子―芸能界の「ゴッド姉ちゃん」40年目の飛翔
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<プレジデントロイターでしか読めない特別インタビュー編>40周年のイベントで記憶に残っているのは?(全3回)
野地秩嘉=文 尾関裕士=撮影
和田アキ子 歌手。1950年生まれ。デビュー曲は68年の「星空の孤独」だが、翌年にリリースした「どしゃぶりの雨の中で」のヒットで認められる。その後も「笑って許して」「あの鐘を鳴らすのはあなた」「今あなたにうたいたい」といくつものヒット曲がある。歌手活動の他に映画やテレビドラマへの出演、テレビ番組の司会、コマーシャル等でも活躍している。
――和田さんは2008年に芸能生活40周年を迎えました。全国ツアーやテレビ番組「和田アキ子物語」の放映など、40周年のイベントはたくさんありましたが、ご自身の記憶に残っているのはどれでしょうか?
どれも楽しかった。本当に、みんなに感謝しています。お客様、スタッフ、家族……。ただただ感謝です。だって、デビューした頃はまさか40年もやれるとは思わなかったのだから。
なかでも忘れられないのがアポロシアターのコンサート(ニューヨーク 08年9月29日)です。尊敬するレイ・チャールズをはじめ、スティービー・ワンダーやマイケル・ジャクソンも出た黒人シンガーの聖地で、そこでワンマンショーができるなんて……。しかも満席でした。席数は1450席。日本からのツアー客は40名ですから、あとは在米の日本人とニューヨークに住むアメリカ人です。外国で、しかも満席の会場でうたえたのは歌手としては幸せでした。ただ、本番までには苦労もありました。
向こうはユニオンがしっかりしているでしょう。ステージで小道具ひとつを動かすにしても、担当の人間しかできない。それに終わりの時間になったら、たとえリハーサルの途中でも電源を落としてしまう。最初は大変だと思いました。私はコンサートの時は、自分に気合を入れるため、リハーサルから本番と同じ衣装でうたい、照明も本番通りにします。そうしてリハーサルを始めたら、ユニオンの人たちの態度がころっと変わって……。それからは楽でした。外国では向こうのスタッフを味方につけないと、実力通りのパフォーマンスはできません。リハーサルをきっちりやることが重要なんです。
野地 秩嘉
ノンフィクション作家
1957年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。美術プロデューサーを経て作家へ。『キャンティ物語』(幻冬舎文庫)など著書多数。監修・構成した『成功はゴミ箱の中に』(プレジデント社)が10万部のベストセラーになる。
武田薬品、富士通、資生堂……。経営者の知られざる素顔を描く。
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