達人のテクニック
2009年 1月 09日

失意の降格から53歳で一念発起!人生の転機を支えた仲間たちの期待

ルポ!「人生の選択」笑うアリvs泣くキリギリス【「半年で年収倍増」起業リッチ】

更迭され悩んだ挙げ句の退職後、「俺にもできるかもしれない。とりあえずやってみるか」と一念発起し会社を立ち上げた。

--profile
岩本さんは1947年、東京都生まれ。中央大学文学部哲学科に8年在籍するも、除籍に。5年間、左官工として働く。37歳のとき、モック製造会社に就職。工場長やモック事業部長を歴任する。53歳で会社を退職し、株式会社アイテムを設立した。
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長袖のTシャツに革紐のペンダント、あごにはちょびひげ。一国一城の主だな、と一目見て思った。東京・八王子で、モックアップと呼ばれる試作品(デザインモデル)の製造会社、アイテムを経営している岩本光雄である。つい最近還暦を迎えたばかりだ。

岩本がアイテムを起業したのは、2001年3月。創業7年目である。業績は順調に推移し、現在の年商は2億6000万円。2年目から黒字に転換し、ある取引先の事業が急激に縮小したことから一度赤字になったが、それ以降黒字が続いている。従業員も13人から22人に増えた。

年齢 60歳/年収 1400万円 サラリーマン時代の2倍に。趣味に費やすお金も増えた。/貯蓄 約400万円 稼いだお金の大半は会社につぎ込んでいます。徐々に増やしたいですね。/住居 会社を起こすまで賃貸暮らしを続ける。2004年に4200万円で東京都日野市にマンションを購入。/月の生活費 60万円/10年後のビジョン 真っ白です。ほとんど何も考えていません。社長業はしんどい。できれば働かずにテニスや自転車など、好きなことをして遊んで暮らせればいいですね。
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年齢 60歳/年収 1400万円 サラリーマン時代の2倍に。趣味に費やすお金も増えた。/貯蓄 約400万円 稼いだお金の大半は会社につぎ込んでいます。徐々に増やしたいですね。/住居 会社を起こすまで賃貸暮らしを続ける。2004年に4200万円で東京都日野市にマンションを購入。/月の生活費 60万円/10年後のビジョン 真っ白です。ほとんど何も考えていません。社長業はしんどい。できれば働かずにテニスや自転車など、好きなことをして遊んで暮らせればいいですね。

サラリーマン時代と今とでは生活パターンが大きく変わった。平日は働き詰めの以前に比べて、今は午後、プールやテニスに行くといった時間の使い方もできる。経営者として46時中、会社のことを考えなければならない、というきつい面もあるが、年収は1400万円と退職時の倍だ。前の会社に居続けたら、肩叩きされるか給料が下がる一方だっただろう。

00年11月、このまま勤め続けても、と悩んだ挙げ句、岩本は勤めていた会社を辞めた。53歳だった。代休消化の意味もあり、翌年1月まで給料が払い込まれることになっていたため、退職したことは妻にも明かさなかった。年が明け、「実は会社を辞めた」という報告を聞かされ、妻は「え~!」とまさに青天の霹靂だった。

起業はもちろん、転職するあてもなかった。新聞の求人欄を眺め、近くに開通したトンネルの通行料金徴収のバイトでもやろうかな、と思っていた。その矢先、元の部下たち3人から「新しい会社をつくってくれませんか」と立て続けに電話があった。人望というものだろう。「俺にもできるかもしれない。とりあえずやってみるか」と一念発起、貯金1000万円と親類縁者などからかき集めた4700万円を元手に、3月には会社を立ち上げた。

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プロフィール

荻野 進介

インディペンデント・ライター

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