
「田舎で都会生活」を叶えた元ベンチャー社長
ルポ!「人生の選択」笑うアリvs泣くキリギリス【北海道・伊達で優雅なるロッジ暮らし】
「仕事から離れたら、その日から『日経』をやめること。仕事を忘れて自分の人生を楽しむことです」
文=野地秩嘉 撮影=本田 匡・橋本忠男
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橋本さんは1942年生まれ。東京で機械商社の経営に携わっていたが、会社を売却。第二の人生を北海道伊達市で始める。「コテージの賃貸契約から、乾燥機の設置まで全部自分で交渉しました」と橋本さん。「心の伊達市民」として、移住を考える人々に情報提供を行っている。
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男女とも80歳まで生きる時代となった。そうなると壮年期に買った家で死ぬときまで暮らすのは不便だし、不経済だ。子どもたちが独立したら部屋数は必要ない。定年になったのに、通勤時間を考えて買った家は必要ない。新しい場所へ移り、夫婦ふたりでのんびり暮らすほうがいい……。そう考えている人は多いのではないか。
これから紹介する橋本忠男さんと山口さん(仮名・次回登場)は定年後を見据えて、住居を変えた。そして、ふたりとも都会と田舎の生活をバランスよく組み合わせている。ある意味では理想の生活をしているふたりだ。
橋本忠男さんは65歳。妻と娘ひとり。娘はすでに独立している。橋本さんは父親から継いだ会社を発展させ、60歳のときにM&Aで売った。そのため数億円の資産を手にしている。橋本さんはその資産を元に悠々自適の生活に入ったのだが、5年前、北海道旅行をしたときに、「住んでみたいな」と思う場所に出合った。それが北海道の道南にある伊達市だった。
「最初は海外に移住しようと思ったんです。僕は海外で仕事をしていたから言葉には困らない。東南アジアがいいかなと思っていた。しかし、年を取ってくると食べものがねえ。やっぱり和食がいい。それに病気になった場合、海外だと不安でしょう。そこで北海道をうろうろしてたときに、偶然、伊達を知った。伊達についてはここにいる(横に座っていた)伊達信用金庫の楽木(恭一)理事長に聞いてください」
その楽木氏は言う。
「伊達市の人口は約3万8000人。北海道で唯一、人口が増えている町です。伊達に移住してきた人の数は約4000人ともいわれている。北海道にしては温暖な町で雪も少なく、『北の湘南』とも呼ばれている。ゴルフ場、スキー場は町から近いし、来年サミットが開かれる洞爺湖温泉や登別温泉も車で小1時間の距離。食べものはウニ、イカ、近海魚と噴火湾の海の幸がいっぱいです。
もうひとつの魅力は開放的な雰囲気でしょう。なにしろ明治以降に移住してきた人たちがつくったところですから。『先祖代々の墓を守る』なんて気質はないんです。ですから都会からやってきた人たちも簡単に溶け込める環境なんです」
野地 秩嘉
ノンフィクション作家
1957年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。美術プロデューサーを経て作家へ。『キャンティ物語』(幻冬舎文庫)など著書多数。監修・構成した『成功はゴミ箱の中に』(プレジデント社)が10万部のベストセラーになる。
武田薬品、富士通、資生堂……。経営者の知られざる素顔を描く。
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