
武田薬品工業 武田國男会長―「運・根・鈍」で鬼神も避く破壊力
「燃える経営者」列伝【2】
武田國男の破壊力はすべて「武田薬品のために」に集中していて、言動がブレない。
経済ジャーナリスト 街風隆雄=文 撮影=奥村 森、芳地博之、尾関裕士
事業撤退、リストラ、買収
―武田國男、すさまじき「断じて敢行」の精神
この人の破壊力も、すさまじい。それが、すべて「武田薬品のために」に集中していて、言動はブレない。話を聞いていると、いつも中国の歴史書『史記』に出てくる「断じて敢行すれば、鬼神もこれを避く」という言葉が浮かぶ。
1993年6月からの社長在任10年間。事業の「選択と集中」を、徹底的に進めた。父が展開したビタミン剤、化学、食品、農薬、畜産などの事業から次々に撤収。「医薬の成功理念と他の事業とは違う。化学は大きな設備投資が必要で、需要の変動に苦しむ。食品は、売れ筋がどんどん変わる」などと、どの部門も同じように扱う役員らに雷を落とし続けた。不採算な工場や研究所は閉め、社員も取締役も思い切って減らし、全社に目標管理式の評価制度を導入する。
まさに「過去」の破壊だ。当然、社内の抵抗は強く、本社周辺の飲み屋では連夜、「人でなし」「鬼」という言葉が飛び交う。だが、気にしない。でも、やはりストレスは大きかったのか、96年に膀胱がんが発症。それでも、手術は延期して株主総会を乗り切り、秋の中間決算の発表には坊主頭で出席。病気を公表し、完治も宣言した。
当時、武田薬品も大企業病に陥っていた。入社して20年、次期社長が確定していた長兄とは対照的に、食品事業など傍流にいた。それゆえ、会社のアラがよくみえた。どこをどうすれば業績が上がるか、自分ならどうすると、そっと考えていた。
だから、長兄の急死、半年後の父の死で武田家を継ぐ立場になったときに、迷いはない。「断じて敢行」により、在任10年の累積利益は9057億円。株価は1350円から4430円へ上がる。
街風 隆雄
経済ジャーナリスト
つむじ・たかお●1947年生まれ。71年慶応義塾大学経済学部を卒業後、朝日新聞社に入社。経済部記者として産業キャップ、金融キャップ、経済部次長、静岡支局長、本社編集委員などを歴任。2007年独立。著書に『私の源流―トップ経営者からのメッセージ』(朝日新聞社)などがある。
武田薬品、富士通、資生堂……。経営者の知られざる素顔を描く。
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