
「鉄道博物館」お客を心底楽しませる発想術 JR東日本 関根 徹 65歳
己を磨き、部下を鍛え、そして……【6】
「私は一介の“輸送屋”にすぎません。マニアでもないし、鉄道史に詳しいわけでもない。何ができるんだろうと戸惑いました」
山下 諭=文 的野弘路=撮影
「博物館の『鉄道』『歴史』『教育』という3つのコンセプトはもちろん、展示車両や展示物も、すでにほとんど決まっていました。こうしたハードの部分に私が口を出す余地はなく、ノータッチでした。しかし、入館料はいくらにするかに始まって、混雑時や道路渋滞時の対策、周辺住民の皆さんへの対応など、ソフト面はまったく決まっていませんでした」
地味な裏方仕事が残っていた。だが、人が集まる場所で手を抜けば、とんでもないトラブルが起こるとも限らない。博物館の最高責任者としての責任は重く、こまやかに神経を使う必要があった。
しかし、当時、スタッフはJR東日本や宣伝を担当する企画会社からの出向者などが集まった組織で、専門知識を持ったスタッフは1人もいなかった。交通博物館(東京・神田)は閉館していたが、それは関根が着任する2カ月前の5月。ソフト面の知識を持つスタッフは、まだ赴任していなかった。
開館前の1年でもっとも苦労したことは、開館直後の混雑対策と人気が一巡した後の集客対策だったという。
「開館後、2~3カ月は人を呼べるという自信はありましたが、その後はガラガラだろうと考えていました。こんな広い建物に、1日500~1000人ではさすがにまずい。あちこちに営業セールスをかけ、JR東日本に宣伝してもらったり、入館料と運賃がセットになった割引商品をつくってもらったりと、常にあれこれ考えていました。とにかく集客活動は大変だろうと覚悟していました」
混雑対策として、入館時にSuicaやPASMOが使える入場ゲートを当初の計画よりも倍に増やした。警備や道路渋滞、駐車場対策も含めて過剰といえるほどに警備員を配して万全を期した。
大失敗は、混雑時の食事対策だった。関根は、博物館での滞在時間は長くても1時間半くらいで、館内で食事をする人はそれほどいないと考えていた。だから、軽食程度のレストランがあり、弁当も用意しておけば対応できると思っていた。
山下 諭
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