
武田國男:「鳥の目」の手法が育んだ大局観
経営者たちの四十代:武田薬品工業会長[1]
小さいときから、長兄とは食べる物も着る物も差があった。「傍流」だからこそ、汲々とすることもなく、全体像がよくみえた。
経済ジャーナリスト 街風隆雄 撮影=門間新弥
会長だった小西新兵衛さんが、その「大局観」に軍配を上げたのだ。小西さんは、37年間も社長・会長を務めた父の従弟で、後継社長候補だった兄と父が相次いで亡くなった後、武田さんを主要部門で次々に試していた。米国での生産は、社運を左右する大プロジェクトだった。
85年、発売された前立腺がん治療薬は、大成功となる。
いま、世界同時不況の様相に、経営者の悲鳴が続く。だが、自ら事態を切り開く気概もなく、「需給ギャップを埋めてくれ」と政府を頼りにする経営者など、退場すべきだ。
「100年に一度の事態」などと、自らの失政を隠すような元・米中央銀行トップの言葉を追随しているようでは、リーダーとしての矜持はない。過去100年、先人たちは、いま以上の幾多の艱難辛苦に遭遇し、乗り越えてきているのだ。
ただ、「独立自尊」が問われるのは、経営者たちだけではない。企業が「新たな成長の源泉」を掘り起こすには、40代を中心とするミドル層の奮起が欠かせない。その「部課長世代」の活力の差こそ、企業の行く末を左右する。武田さんも、その40代に、「大局観」に立って会社の将来像を描くことを学んだ。
孟子と同時代の儒家・荀子(じゅんし)に「人之患、蔽於一曲而闇於大理」(人の患(うれい)は、一曲に蔽(おお)われ、大理に闇(くら)きにあり)との言葉がある。「人間の欠点は、物事の一面にとらわれ、大局的な判断ができないことにある」という意味で、その欠点を克服するためには「大局観」のある指導者と法による秩序が必要だ、と説く。
武田さんの「大局観」は、子どものときの「鳥好き」と「高いところに登るのが大好き」というところに源流があるようだ。鳥の如く高いところに上がれば、全景がみえる。そして「あそこは変ではないか」「こっちは、どうなっているのだ」と見渡し、全体を最適にするためには何をすべきか、考える。武田流は「鳥の目」に似た手法である。
1940年1月、武田家の三男として生まれた。小さいときから、長兄とは食べる物も着る物も差があった。会社に入っても、兄が父の車で一緒に出勤するのに対し、毎朝、満員電車で押しつぶされていた。そういう落差は、大阪の老舗の商家では当たり前だった。跡取りを明確にして、お家騒動を防ぐ知恵なのだ。
そんな「傍流生活」のなかでも、秘かに「この無気力で淀みきった会社を、どうにかしたい」と考え続けていた。「傍流」だからこそ、汲々とすることもなく、全体像がよくみえた。しがらみもできず、トップに立ったとき、大胆な手も打てた。
長兄が急死し、悲嘆にくれた父までが病死してしまったのは、ちょうど40歳のときだった。父が亡くなる数日前、病院に見舞いに行くと、父の顔が「お前が、兄の代わりに死んでくれればよかったのに」と言っているようにみえた。小さいときから、情に甘えることはできずに育った。むしろ、父や周囲に背中を向けて、目立たぬように生きてきた。冷徹な「鳥の目」は、そんななかで育まれた。病院での父の表情が、それを一段と研ぎ澄ますことになる。
街風 隆雄
経済ジャーナリスト
つむじ・たかお●1947年生まれ。71年慶応義塾大学経済学部を卒業後、朝日新聞社に入社。経済部記者として産業キャップ、金融キャップ、経済部次長、静岡支局長、本社編集委員などを歴任。2007年独立。著書に『私の源流―トップ経営者からのメッセージ』(朝日新聞社)などがある。
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