キーパーソン図鑑
2009年 5月 30日

武田國男:「傍流時代」の蓄積が飛躍の源泉に

経営者たちの四十代:武田薬品工業会長[2]

「組織の運営を任された人間がいい恰好をし、言葉を飾り始めたら、ろくでもないことが始まる」

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創業家の三男坊は「お飾りポスト」に

<strong>武田國男</strong>●たけだ・くにお<br>
1940年、兵庫県生まれ。62年甲南大学経済学部を卒業後、武田薬品工業に入社。87年取締役、89年常務、91年専務、92年副社長、93年社長。2003年より現職。創業家6代目武田長兵衛の三男。副社長だった長兄の急逝で武田家の後継者に。医薬品事業に経営資源を集中させる大改革を行い、01年度には業界初となる連結売上高1兆円を達成した。
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武田國男●たけだ・くにお
1940年、兵庫県生まれ。62年甲南大学経済学部を卒業後、武田薬品工業に入社。87年取締役、89年常務、91年専務、92年副社長、93年社長。2003年より現職。創業家6代目武田長兵衛の三男。副社長だった長兄の急逝で武田家の後継者に。医薬品事業に経営資源を集中させる大改革を行い、01年度には業界初となる連結売上高1兆円を達成した。

40歳のときに、武田薬品工業の後継社長候補だった長兄が急死し、7カ月後に会長だった父も亡くなった。前回で触れたように、それがビジネスマンとしての転換点だった。(>>前回の記事はこちら

よく、それまでの会社生活のことを聞かれると「何もしないで、遊んでばかり。ただ漫然と生きていた」と答える。たしかに、終業時間がくるやいなや、さっ、と職場から消えていた。ゴルフの練習場に通い、映画館に籠もり、傍目にも「遊んでばかり」とみえたかもしれない。

だが、実は、頭や心の中まで「遊んでいた」わけではない。上司や同僚の仕事ぶりをみながら、会社の欠陥を見抜き、「自分だったら、こうするのにな」と考え、静かに事業家としての判断力を鍛えてもいた。

「伏久者飛必高」(伏すこと久しき者は、飛ぶこと必ず高し)――長い間、草地にうずくまっていた鳥も、ひとたび飛び立てば、必ず高く舞い上がる。人間も、たとえ陽の当たらない傍流に長くいても、意欲を失わずに力を蓄えておけば、チャンスがきたときに一気に力を発揮できる。中国・明時代に儒教、道教、仏教の教えを融合した洪自誠の『菜さいこんたん根譚』にある、そんな励ましの言葉だ。

いま、日本の職場は内向きの「思考停止」のただ中にある。消費者のニーズが多様化し、個別の商品・サービスでの対応が不可欠になったにもかかわらず、いまや通用しなくなった「大量生産・大量販売」と同じ発想の「マニュアル依存症」が蔓延し、自分の頭で考えることをしない日本人が増えた。人と正面から向き合うと、自らに欠けている点が露呈すると恐れ、隣席の上司や同僚にまでe-メールで報告・連絡・相談をする「会話回避症」も、深刻だ。

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プロフィール

街風 隆雄

経済ジャーナリスト

つむじ・たかお●1947年生まれ。71年慶応義塾大学経済学部を卒業後、朝日新聞社に入社。経済部記者として産業キャップ、金融キャップ、経済部次長、静岡支局長、本社編集委員などを歴任。2007年独立。著書に『私の源流―トップ経営者からのメッセージ』(朝日新聞社)などがある。

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