
大前研一|本物の道州制、ニセモノの道州制
大前研一の日本のカラクリ
「地方の時代」が叫ばれる一方、その主体となる統治機構は、完全な制度疲労を起こしている。
小川 剛=構成 加藤雅昭=撮影 AP Images=写真
「棄民政策」が招いた現代版・姥捨て山
私は「東京棄民」と呼んでいるが、つまりは棄民政策である。これは墨田区に限ったことではない。都市部の自治体はどこも、地代、建設費ともに高いから、簡単に老人介護施設をつくれない。しかし高齢化が進んで施設に入らなければ生活できない住民は増える一方だから、結局は地方の高齢者施設に越境して入ってもらうしかない。
他方で、高齢者の年金や生活保護の受給を狙ってひと儲けを企む輩もわいて出てきて、無届けの高齢者施設があちらこちらにつくられ、自治体に売り込みをかける。
届け出のある高齢者施設なら介護士の数は法的に決められているし、防火設備やバリアフリーも整っているが、無届けではそうはいかない。NPOが運営していたという渋川の「たまゆら」の実態はわからないものの、報道によるとやはり無届けの施設で建物は古く、スプリンクラーは設置されていなかった。火災の晩も担当者が一人しかいなかったために、20人以上もいた入所者を運び出せなかったという。
こうした「現代版・姥捨て山」は全国に600施設以上ある。明日はわが身、なのである。
介護環境をきちんと把握しないで、地方の施設に高齢者を丸投げする自治体の責任は問われなければいけない。だが、そもそも財政上の限界がある市区町村に、増加する一方の高齢者の面倒を見させること自体、明らかに憲法違反だと私は考える。
憲法25条には、人間の尊厳を失わない健康で文化的な最低限度の生活を国が保障することを規定している。介護士の人手が不十分で、火災が起きても助けてもらえないような劣悪な介護環境で余生を送って、人間としての尊厳は守られているといえるのか。
国が全面的に責任を持って高齢者介護を行っていれば、今回のような悲惨な火災事故は避けられたはずだ。国の責任で高齢者が過ごしやすい最適地に介護施設をつくる。あるいはグリーンピアやかんぽの宿を叩き売るくらいなら、すべて高齢者施設につくり変えればいい。
国が運営する施設ならモグリはないから、フィリピン、タイ、インドネシアなどで訓練を積んだ外国人介護士や看護師も受け入れやすい。法律一本通せばできることだ。沖縄の島など温暖なところに介護特区をつくって、外国人の介護士や看護師が自由に働けるようにしてもいい。
その際、日本語のペーパー試験にこだわる必要はない。認知症や寝たきりの高齢者介護で求められるのは、言葉によるコミュニケーションより、優しく食事を与えたり、丁寧に入浴や排泄の世話をしてあげることだろう。そして、いざ火事というときに安全に運び出してくれれば、言葉など重要な問題ではなくなる。
高齢者介護の問題も含め、都道府県や市区町村の入り組んだ権限を整理し、国と地方、地域の役割分担をもう一度仕切り直せばいい。だが、それを難しくしているのが、全国市町村にベッタリと張り付いた日本独特の利権構造である。
大前 研一
ビジネス・ブレークスルー大学院大学学長
1943年、北九州生まれ。早稲田大学理工学部卒。東京工業大学大学院で修士号、マサチューセッツ工科大学大学院で、博士号取得。日立製作所を経て、72年、マッキンゼー&カンパニー入社。同社本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、94年退社。現在、自ら立ち上げたビジネス・ブレークスルー大学院大学学長。近著に『ロシア・ショック』『サラリーマン「再起動」マニュアル』『大前流 心理経済学』などがある。 >>大前経営塾
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