実践ビジネススクール
2009年 6月 21日

「21世紀版・ケインズ政策」とは?

特別連載:ケインズ再降臨!!【第13回】

21世紀版のケインズ政策には、20世紀に見られなかった大きな特徴が一つある。それは、「環境」への配慮である。

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第一は、誰かから購買力をもらう、つまり、貨幣をもらうことである。そして、第二は、自分が生産に貢献することで、その貢献分の価値を貨幣所得として受けとることである。

この違いは大きい。AさんからBさんへ、同じように購買力(貨幣) が移転した、としても、第一のケースか第二のケースかで、経済的意義は全く違ってくる。

第一のケースでは、購買力を持っているのがAさんかBさんか、ただそれだけの違いであり、マクロ的集計で見れば何の違いもない。しかし、第二のケースでは、購買力のありかとは別に「何か生産物が生まれる」という副次的効果があるのである。

この視点で見るなら、政府が税金から失業者に失業手当を払ったり、あるいは納税者に減税したりするのは、第一のケースに当たる。また、定額給付金なども同じである。これらは、単に購買力を国民Aさんから国民Bさんに移転させる、あるいは、購買力を政府から国民に移転させるにすぎない。これでは何も生じない。

それに対して、政府が税金を使って公共事業を行うのは、第二のケースに当たる。まず、政府が(職を持つ)Aさんから購買力を強制的に(税金という形式で) 政府に移転させる。この段階ではまだ何も意味がない。次に、政府が公共事業を実施して、その報酬として(失業者の)Bさんに購買力を移転させる。この場合、結果として購買力がAさんからBさんへ移動した、という点では前の方法と変わりないが、その間に「生産物」という副産物が出来ている。このことの違いは非常に大きい。貨幣の面から見て全く同じ現象が、一方では何も生まず、他方では「生産物」を生み出すのである。その「生産物」が社会的に高い価値を持つなら持つほど、このことはまさに「無から有を生み出す」手品だと言える。

もちろん、ケインズのいう「穴を掘ってまた埋める」ような公共事業が、単なる「AさんからBさんへの購買力の移転」という第一のケースと変わらないのは、考えるまでもないことである。ケインズはこのような単なる「購買力の移転」を二重にGDPに加算しているために、「公共事業が景気対策になる」という錯覚をしてしまった。これは、『容疑者ケインズ』で指摘したことである。

第二のケースの重要さは、単に「社会に追加的な価値が生み出される」ことだけには終わらない。さきほど論じたように、「職」というのは、社会生活における生き甲斐であり自尊である。失業者が、「ほどこし」としてではなく、労働の対価として購買力を受けとるのは、人間の尊厳という点から大きな社会的意義を持っていると言える。

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プロフィール

小島 寛之

帝京大学経済学部経営学科准教授。経済学博士。数学エッセイスト。1958年生まれ。東京大学理学部数学科卒業。同大学院経済学研究科博士課程修了。専攻は数理経済学、意見決定理論。著書に『サイバー経済学』(集英社新書)『確率的発想法』『文系のための数学教室』(講談社現代新書)『エコロジストのための経済学』(東洋経済新報社)『完全独習統計学入門』(ダイヤモンド社)『容疑者ケインズ』(プレジデント社)などがある。

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