
昇格300人、降格150人! キヤノン流人事制度
終身雇用を望む労働者が増えている。とはいっても終身雇用を維持するのは生半可なことではない。
ジャーナリスト 溝上憲文=文
好業績のときも、業績が低迷したときも、創業当時から一貫して「終身雇用」にこだわり続けてきたキヤノン。社員が現状に安住してしまう終身雇用の弊害を打破すべく、新たな試みが始まった。
過去最高!86.1%が終身雇用を支持
終身雇用を望む労働者が増えている。労働政策研究・研修機構の調査によると、終身雇用を支持する人が過去最高の86.1%に上るなど労働者の安定志向が強まっている(2008年3月)。とはいっても終身雇用を維持するのは生半可なことではない。
確かに終身雇用制は労働者に安心感を与えることで企業内特殊技能の向上を促し、生産性を高める効果があるとされる。一方で、従業員に安心感を与えるのはいいが、弊害として現状に安住し、サボタージュが増えてしまい生産性を低下させるという指摘もある。
あるいは業績低迷に陥ると人件費である固定費が重くのしかかり、技術投資などイノベーション(技術革新)を阻害し、競争力の低下を招くという経済学者の指摘もある。とりわけ新商品・新サービスの創出が常に求められる今日のグローバル経済下ではなおさらリスクが高いといえる。00年前後の業績悪化時に大手企業が終身雇用をかなぐり捨てて雇用調整に踏み切ったのは記憶に新しいが、経営者の多くがそうした危機感を抱いたからである。
ただし、終身雇用が生産性や競争力の低下を生むという決定的な実証研究結果が存在するわけではない。あくまで仮説の領域にすぎない。その中で創業以来、終身雇用を頑なに守り続けているのがキヤノンである。同社は今でこそ業績好調企業であるが、過去の業績低迷期にあっても雇用調整に踏み切らずに全体の賃金を下げることで雇用を維持してきた。なぜ、終身雇用にこだわるのか。同社はその理由について細かく言及することはしない。何のためにという方法論ではなく、社是であり、覚悟であると言い切る。
「雇用最優先は施策や方法論というより、会社としての覚悟だ。昔から業績が悪くなったら皆でしゃがんで我慢しようと言ってきたが、仮に今後会社の業績が悪くなっても給料を減らして皆で我慢して雇用を守っていくということだ」(人事本部・原一郎人事部長)
業績悪化時は全員で給料をシェアリングしながら雇用を守るという「覚悟」は、キヤノンの価値観、文化であり、その是非を問う必要はない。問題は終身雇用に潜む弊害を克服し、いかに従業員のモチベーションと資質を高めながら、生産性の向上につなげていくかという点だ。言うまでもなく右肩上がり経済時代の経営スタイルとは異なる新たな経営・人事戦略が求められている。その観点では、キヤノンの取り組みは大きな実験とも呼べるものだ。
同社は00年以降、JK(人事革新)の呼び名でさまざまな改革に着手している。その1つが根幹をなす賃金制度改革である。従来の年功的処遇体系から欧米の職務給的要素を取り入れた独自の「役割給」制度を01年に管理職に導入している。役割給とは従来の日本的賃金の決定基準を大きく変えるものだ。
溝上 憲文
ジャーナリスト
みぞうえ・のりふみ●1958年、鹿児島県生まれ。明治大学政経学部卒業。経済誌記者などを経て独立。経営、ビジネス、人事、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍中。著書に『年金革命』『隣りの成果主義』『団塊難民』『会社を利用してプロフェッショナルになる』などがある。
武田薬品、富士通、資生堂……。経営者の知られざる素顔を描く。
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