
言葉の乱れは社会の乱れ―住友信託銀行 高橋 温
直伝!「人を動かす」テクニック【住友信託銀行会長】
言葉を一つ一つ手書きしていくにはエネルギーが必要だ。その分、書き手の意思や思いが込められる。
勝見 明=構成 芳地博之=撮影
往年の作家の回顧展などで、直筆の手書き原稿を見ることがよくある。最初の原稿に原形をとどめないほど、推敲が重ねられた跡を目の当たりにすると、読み手に向けて発せられたすさまじいばかりの書き手のエネルギーに圧倒される。
その原稿を最初に目にした編集者も、書き手のエネルギーに突き動かされて、一字も漏らさず読み込んだことだろう。文章の原点を見る思いだ。
作家の文章とビジネス文書を単純に比較することはできない。ただ、ビジネス文書の中でも最も重要な位置を占める社内の決裁書類は、文章をもって組織に自分の意思を通し、上層部を説得する手段だ。言葉で人を動かすという点では共通するものがあるはずだ。
ところが、社内であがってくる決裁書類を見ると、書き手の意思もエネルギーも希薄に感じられるものが多くなったのはどういうことだろう。原因の一つは、ビジネス文書を作成するうえで、今や不可欠の手段となったワープロそのものにあるように思う。
手書きとワープロはどこがどう違うのか。私自身は20年来、書道を趣味とし、電話よりも手紙を多用する手書き派だ。言葉を一つ一つ手書きしていくにはエネルギーが必要だ。その分、書き手の意思や思いが込められる。
著名な書家で、独自の書論を展開されている石川九楊氏によれば、われわれが「雨」と書くときは、それが同じ雨カンムリでも「雪」ではないことを同時に意識するなど、頭の中で「雨」の字を反すうしながら書いているという。それだけエネルギーが費やされるため、長く書くことは難しい。
一方、ワープロは「あめ」と打って変換すればいい。さほどエネルギーを必要としない。楽な分、効用として自由に発想が広がり、頭に浮かぶことをどんどん打ち込むことができる。私も社内のイントラネットで非公式な情報を交換するときはパソコンを使う。
ただ、ワープロは打つのが楽なだけに、やたら言葉が多くなりがちだ。多くなると伝わる情報も多くなるかというと逆で、言葉が軽くなって乱れ、伝わるものが少なくなってしまうのだ。
これはマイクロホンの発達と政治家の語る言葉の関係に似ている。その昔、マイクを使える場が限られ、性能もよくなかった時代、政治家は一つ一つの言葉を選び抜き、渾身の力を込めて聞き手の心に語りかけた。
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