
「借屍還魂」覇者の首根っこを押さえる交渉術
「覇者」のような時々の強者が破れ去っていくのか――『36計』にはビジネスの「覇者交代」のような劇的変転に使える謀略がある。
作家 守屋 淳=文
勝負事というのは、地力に勝る方が圧倒的に優位な場合がほとんどだ。ビジネスでいえば、起業したての自動車メーカーが、トヨタやホンダに同じ土俵で力勝負を挑んでも、当たり前だが話にもならない。
しかし同時に、古今の歴史を見ていくと、さまざまなジャンルの「覇者」もいつかは没落し、新興勢力にとって代わられていく。
ではなぜ、「覇者」のような時々の強者が破れ去っていくのか――もちろん理由はさまざまあるのだが、『三十六計』にはビジネスの「覇者交代」のような劇的変転に使える謀略がある。
その名は「借屍還魂(しゃくしかんこん)」。次のような説明がついている。
「人の力に頼らず自立しているものは、操縦がむずかしく、利用することもできない。逆に、人の力に頼って存在しているものは、こちらの援助をもとめているのだ。それを利用して相手の首根っこを押さえる―これは、相手から操縦されず、逆に相手を操縦する策略に他ならない」
この謀略とそっくりの図式が、20世紀後半のビジネスで使われたことがあるので、ご紹介しよう。
時は1980年、当時コンピューター業界において圧倒的な覇権を握り、「ビッグ・ブルー」「アメリカの誇り」と呼ばれていたIBMが、パソコンへの本格参入を決意する。
IBMは当時、巨大な中央コンピューターにつながった端末が、各家庭に置かれるという未来図を描いていた。まだおもちゃに毛の生えたような当時のパソコンが未来の主流となるとは、予想だにしていなかったのだ。
ところが、アップルなどの作るパソコンが人気を博したため、方針を急遽転換、その対抗機の開発に手を染めたのだ。
しかし、急な決断だったこともあり、オペレーティング・システム(OS)まで自社開発していると時間がかかりすぎると考え、その技術に強い下請けに出した。それが、IBMに比べれば芥子粒ほどにも小さいマイクロソフトだったのだ。
もちろんビジネス的な観点からいえば、これは間違った決断ではなかった。しかし、「借屍還魂」という謀略の観点から言えば、IBMは「人の力に頼って存在しているものは、こちらの援助をもとめているのだ。それを利用して相手の首根っこを押さえる」というパターンにはまりこんでしまったのだ……
守屋 淳
作家
もりや・あつし●1965年、東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。大手書店勤務を経て中国古典研究家として独立。著書に『「勝ち」より「不敗」をめざしなさい』(講談社)、『孫子・戦略・クラウゼヴィッツ』(プレジデント社)など。
守屋 淳ウェブサイト http://chineseclassics.jp/
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